エレンが犯した罪を刑法で教える

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「エレンの罪は殺人罪くらいだろう」──罪名としては正しい。でも見るべきはそこじゃない。騒乱罪・内乱罪を当てはめようとした瞬間、日本の刑法が「想定外」にぶつかる。裁けない理由を追うことで、法律がそもそも何を守ろうとして設計されたのかが見えてくる──それがこの記事の本題です。

「感情的には理解できる」と「法的に許される」は、全く別の話です。エレンが地鳴らしを選んだ理由は分かる。でも法律は、その理由を一切見ません。

まず結論から言います。進撃の巨人、エレン・イェーガーの行為の中心は殺人罪(間接正犯)です。騒乱罪・内乱罪は「法律の想定外」ゆえに当てはめが困難。つまり日本の刑法はエレンを裁ける部分と、そもそも届かない部分がある。その境界線を見ていきます。

エレンの罪は現実で裁けるのか?

エレン・イェーガーの作中の行為、特に「地鳴らし」による大量殺害、建造物の壊滅、都市機能の破壊を日本の刑法に当てはめると、殺人罪(刑法第199条)が主たる罪となります。なお建造物等損壊罪(刑法第260条)は、刑法第3条が国外犯処罰の対象として列挙する罪に含まれていないため、海外での行為には適用できません。財産犯の多くは国外でも処罰対象になりますが、建造物等損壊罪はその列挙から外れています。

ここからは、なぜ殺人罪が中心になるのか、そして法律の想定外となる罪は何かを、法的根拠から順番に見ていきます。

なぜそうなる?エレンの行為と刑法の対応関係

エレンの行為を刑法に当てはめると、日本の刑法が「人間同士の現実的な犯罪」を想定して設計されていることが浮かび上がります。ポイントは3つです。

殺人罪──地鳴らしで人を踏み潰す行為の刑法的評価

殺人罪は「人を殺した者」に適用されます(刑法第199条)。人の命を奪う重大な犯罪であるため、極刑である死刑や無期拘禁刑を含む重い刑罰が定められています。

エレンの地鳴らしは、壁の巨人の群れで都市ごと踏み潰す行為です。「人が死ぬ」と分かった上で実行している以上、法的には少なくとも未必の故意が成立します。しかも被害者の数は数万〜数十万規模であり、1件ずつ殺人罪が成立する可能性があります。「殺人罪1つで終わり」ではなく、「殺人罪が数万件積み重なる」という意味で、量刑は通常の事案とは比較にならない水準になります。

騒乱罪・建造物等損壊罪──「限界」の種類が違う

騒乱罪は「多衆で集合して暴行又は脅迫をした」場合に成立します(刑法第106条)。国の平穏を脅かす犯罪であるため、首謀者には重い身体拘束を伴う刑罰が定められています。

地鳴らしによる都市壊滅には、一見すると騒乱罪が当てはまりそうです。しかし騒乱罪が想定しているのは、「人間が自分の意思で集まって暴れる」ケースです。壁の巨人はエレンに命令されて動くだけで、自分たちで集まって暴れているわけではありません。法律的には「多衆(人の集まり)」ではなく、エレンが使う巨大な兵器に近い存在です。

そのため、騒乱罪を当てはめるより、「エレンが壁の巨人を道具として使って人を殺した」として、殺人罪で裁く方が筋が通ります(間接正犯)。

建造物等損壊罪(刑法第260条)についても、前述のとおり刑法第3条の列挙から外れているため、海外での行為には適用できません。「要件を満たさない」のではなく「法律の射程がそもそも届かない」という点が、騒乱罪の限界とは性質が異なります。

内乱罪──「日本国内の秩序破壊」が前提という壁

内乱罪は「国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者」に適用されます(刑法第77条)。首謀者は死刑又は無期拘禁刑です。

ただし、内乱罪が守ろうとしているのは「日本国の憲法の定める統治の基本秩序」です。つまり日本国内の秩序破壊を前提とした罪であり、エレンがマーレなど外国を壊滅させる行為には、そもそも構成要件が当てはまらない可能性が高いです(この解釈は有力ですが、判例による明示的な確定はありません)。また、騒乱罪と同様に「人の集団による暴動」を前提としているため、エレンが一方的に操る壁の巨人に適用できるかという疑問も残ります。

騒乱罪・内乱罪・建造物等損壊罪が「適用できない」理由はそれぞれ異なります。騒乱罪・内乱罪は「多衆による暴動」という構成要件を壁の巨人が満たさないという問題。建造物等損壊罪は構成要件の問題ではなく、刑法第3条の列挙に含まれないという国外犯処罰規定の問題。「法律が想定しなかった」ケースと「法律がそもそも届かない」ケース、どちらも「適用できない」という結果は同じですが、その構造は別物です。この違いを知ることが、刑法の設計思想を理解する入口になります。

内乱罪・騒乱罪が当てはめられないこと自体、重要な発見です。日本の刑法は「人間が意思を持って集まり、暴力をふるう」という現実的な場面を想定して作られています。エレンのように一人が超常的な力で国家を壊滅させるシナリオは、立法者の想像の外にある。「法律が追いつかない」という事実そのものが、現行刑法の射程と限界を教えてくれます。

エレンの行為を1つずつ刑法ジャッジ

ここでは、エレンの代表的な行為を5つ取り上げ、それぞれどの罪が成立するかをシミュレーションします。

ケース1:地鳴らしによる都市壊滅

壁の巨人の大群が壁の中から解放され、大地を踏み潰しながら進軍する。都市は壊滅し、無数の民間人が犠牲になる。

検討要件:故意の有無・規模・不特定多数への危害

エレンは地鳴らしの結果を完全に認識し、意図的に実行しています。故意は明白です。被害者数は数万〜数十万規模、破壊された建造物は都市単位。壁の巨人はエレンが操る凶器のようなものとして扱われるため、エレン自身が直接手を下したのと同じ責任を負います(間接正犯)。殺人罪が成立し、永山基準のほぼすべての要素において最も重い評価を受けることになります。建造物等損壊罪は刑法第3条の列挙外のため国外では適用不可。騒乱罪・内乱罪は前述のとおり構成要件上、適用が困難です。

ケース2:巨人化して兵士を攻撃

エレンが巨人化し、敵対する兵士と直接戦闘を行う。殴打・投擲などで相手を殺傷する。

検討要件:正当防衛の成否・過剰防衛の検討

「自分の命を守るためにやむを得ず反撃した」場合、正当防衛(刑法第36条)が認められる可能性があります。正当防衛が成立すれば違法性が阻却され、犯罪自体が成立しません。ただし、巨人化による攻撃は自分の身を守るための限度を大きく超えているため「過剰防衛」と評価される可能性が高く、正当防衛が成立することは難しいでしょう。殺意を持って攻撃した結果、相手が死亡すれば殺人罪、相手が生き残った場合は殺人未遂罪(刑法第203条)となります。殺意がなく暴行を加えて負傷させるにとどまった場合のみ、傷害罪(刑法第204条)が成立します。同一の戦闘行為でも殺意の有無と結果によって適用される罪が変わる点が、日本の刑法の考え方です。

ケース3:壁を破壊して巨人を招き入れた行為

作中では、エレンが「座標の力」を発動した際にダイナ・フリッツ(壁外巨人)が壁に向かった可能性が示唆されており、結果的に壁が破壊されて巨人が侵入する事態を招いています。意図的な誘導だったか否かは作中でも明示されていないため、本ケースでは「意図の有無が不明な状態で操作に関与した可能性がある」という前提で、日本の刑法の枠組みに当てはめて検討します。

検討要件:未必の故意と過失の分岐

「壁が壊れれば人が死ぬ」という認識があったかどうかが分かれ目です。その結果を認識した上で「起きても仕方ない」と受け入れて実行していた場合、「未必の故意」として殺人罪が成立する可能性があります。認識がなかった場合でも、過失致死傷罪の検討対象になります。

ケース4:調査兵団として敵国に潜入

エレンが調査兵団の指令のもと、マーレ国に潜入して情報収集のみを行う。

検討要件:行為の有無による犯罪の成否

潜入そのもの(情報収集・場所の移動)は、日本の刑法上の犯罪が成立する条件に当てはまる行為がありません。「敵国にいた」「監視した」というだけでは、殺人罪・傷害罪のいずれも成立しません。組織の命令の有無にかかわらず、「人を傷つけず、物を壊さず、暴行も脅迫もしていない」状態であれば、刑事責任を問われる可能性は低いでしょう。

ただし、「日本の刑法が届かない」ことと「他の法体系でも問われない」ことは別の話です。現実の国際社会では、スパイ行為に相当する情報収集活動は各国の国内法や国際法上の問題になりうる場合があります。刑法の射程の外にあることが、すべてのリスクから自由であることを意味するわけではありません。

ケース5:マーレの港で民間人を巻き込む攻撃

エレンがマーレの港を襲撃し、軍事施設だけでなく周辺の民間人や建物にも甚大な被害を与える。

検討要件:民間人被害・戦闘行為と犯罪の線引き

たとえ戦闘行為であっても、民間人への被害が発生すれば殺人罪の対象になります。「戦争だから仕方ない」は日本の刑法では通用しません。軍事目標を超えた攻撃は殺人罪の対象です。

シチュエーション 判定 解説
地鳴らしによる都市壊滅 アウト 殺人罪が間接正犯として成立。極刑が避けられない事案となる。建造物等損壊罪は刑法第3条の列挙外のため国外では適用不可。騒乱罪・内乱罪は構成要件上、適用が困難
巨人化して兵士を攻撃 アウト 正当防衛の主張は可能だが、巨人化は過剰防衛と評価される可能性が高い。殺意を持って攻撃し相手が死亡すれば殺人罪、生き残った場合は殺人未遂罪が成立。殺意がなく負傷させるにとどまった場合は傷害罪が成立
壁を破壊して巨人を招き入れる アウト 未必の故意が認められれば殺人罪。認識なしでも過失致死傷罪の可能性
調査兵団として敵国に潜入(情報収集のみ) セーフ寄り 暴行・脅迫・破壊を伴わない潜入・情報収集のみであれば、日本の刑法上の犯罪が成立する条件に当てはまる行為がなく、刑事責任を問われる可能性は低い。ただし他国の法体系や国際法上のリスクは別途存在しうる
マーレの港で民間人を巻き込む攻撃 アウト 戦闘行為でも民間人への被害は殺人罪の対象。「戦争だから」は刑法上通用しない

「罪の層」を理解するための基礎用語

エレンの行為を検証すると、騒乱罪・内乱罪のように「当てはめが難しい罪」がある一方で、殺人罪だけでも「別々の時間・場所で繰り返される行為が積み重なる」という構造が見えてきます。この仕組みを理解するために、2つの用語を整理します。難しく感じたら、まず「観念的競合=1つの行為で複数の罪」「併合罪=別々の行為が積み重なる」だけ覚えておけばOKです。

用語 意味 エレンの場合
観念的競合 1つの行為が2つ以上の罪に該当する場合。最も重い罪の法定刑の範囲内で処断される(刑法第54条) 地鳴らし1回の行為から、理論上は殺人罪・建造物等損壊罪・内乱罪が同時に問題になりうる。しかし内乱罪は構成要件上、建造物等損壊罪は刑法第3条の列挙外という理由から当てはめが困難なため、実際には殺人罪のみが残る。これが観念的競合における「罪の絞り込み」の実例になる
併合罪 まだ確定判決を経ていない複数の罪。有期刑の場合は最も重い罪の長期に2分の1を加えた期間が上限になるが(刑法第47条)、死刑や無期が含まれる場合は最も重い刑に吸収される(刑法第46条) 地鳴らし・港での攻撃・壁の破壊はそれぞれ別の時間・場所で起きた独立した行為のため、それぞれが別々の併合罪になる可能性がある

「一番重い罪で裁かれるなら、何個あっても同じでは?」という疑問は、観念的競合(同一の行為から複数の罪が生じるケース)に限れば正しいです。最も重い罪の法定刑の範囲内で処断されます(刑法第54条)。

しかし地鳴らし・港での攻撃・壁の破壊は、それぞれ別の時間・場所で起きた別々の行為です。この場合は観念的競合ではなく併合罪が適用されます(刑法第45条)。一般的な犯罪の併合罪では刑期の上限が上がりますが、殺人罪のように死刑や無期が想定される重大な罪が含まれる場合、もっとも重い刑罰に他の罪が吸収されます(刑法第46条)。つまり、刑が足し算されるまでもなく、1つの重大な罪が法律の届く範囲を全て覆い尽くす。それが現行刑法の構造です。

フィクションから学ぶ「日常の法的リスク」

「エレンの話だから自分には関係ない」と思うかもしれません。しかし、「法律には想定外がある」という感覚は、日常でも役に立ちます。

たとえば、SNSで誰かの個人情報を含むスクリーンショットを拡散する行為。「シェアしただけ」のつもりでも、名誉毀損罪・プライバシー侵害・著作権侵害が同時に問題になるケースがあります。エレンの行為を刑法に当てはめて「法律の限界」を確認する作業は、「自分の行動がどの法律に触れうるか」を考える習慣に直結しています。

今日できる一歩:「この行為は法律的にどうなのか?」と迷ったとき、「どの法律が想定しているケースか?」という視点で考えてみてください。法律の射程を意識するだけで、知らず知らずの法的リスクを減らすことができます。

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K先輩

「エレンの行為を刑法に当てはめようとすると、すぐに『法律の限界』にぶつかる。それ自体が発見なんです。現実世界でも、1つの行動が複数の法律に触れることはある。まずは『1つの行為=1つの罪とは限らない』、そして『法律には想定外がある』という2つを覚えておいてください。」

実際の事例・判例──大量殺人事件における量刑の傾向

エレンの行為を現実の裁判で裁く場合、量刑の参考になるのが「永山基準」です。

永山基準とは、1983年に最高裁判所が示した死刑判断の指標で、以下の9つの要素を総合的に考慮して死刑の適用を判断します。

犯罪の罪質、動機、犯行態様(特に殺害手段の執拗性・残虐性)、結果の重大性(特に被害者の数)、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状。これらを総合的に判断した結果、「罪責が誠に重大であり、極刑がやむを得ない」と認められた場合に死刑が選択されます。

エレンの場合、被害者数は数万〜数十万規模、犯行態様は都市ごとの壊滅。動機については「仲間を守るため」「自由を得るため」という事情があります。感情的には理解できる動機です。しかし日本の刑事裁判において動機は「情状」の一つとして考慮されるにとどまり、犯罪の成立そのものには影響しません。永山基準でも動機は9つの要素の一つに過ぎず、手段の残虐性・被害者数の多さが圧倒的に重く評価されます。「理由があれば許される」のではなく、「理由があっても手段が問われる」のが法律の原則です。永山基準のほぼすべての要素において最も重い評価を受ける可能性が高く、死刑が選択される可能性が非常に高い。それが永山基準から導かれる法的評価です。

現実の日本の刑事裁判において、被害者が複数名の殺人事件では死刑判決が選択される傾向が見られます。エレンの行為の規模を考えると、仮に日本で裁かれた場合、死刑以外の量刑は考えにくい。それが裁判所の一般的な判断傾向から導かれる結論です。

まとめとQ&A

結局、エレンの行為をリアルに裁くなら、判断の軸は「罪の種類の多さ」ではなく「法律がどこで限界を迎えるか」です。

騒乱罪・内乱罪を当てはめようとして「法律の想定外」にぶつかること自体が、刑法の設計思想を知る入口になります。「殺人罪くらいだろう」という直感は、法律の構造を半分しか見ていません。残り半分は「法律には限界がある」という発見です。

Q1. エレンの地鳴らしは殺人罪以外にも罪が成立しますか?

地鳴らしの主たる罪は殺人罪(間接正犯)です。内乱罪(刑法第77条)は「日本国の憲法の定める統治の基本秩序の壊乱」を目的とする罪であり、外国への攻撃には構成要件上適用が困難です。騒乱罪(刑法第106条)も「人間が意思を持って集まった集団による暴動」を前提とするため、エレンが一方的に操る壁の巨人には当てはめにくい。建造物等損壊罪(刑法第260条)は刑法第3条が国外犯処罰の対象として列挙する罪に含まれていないため、海外での行為には適用できません。同一の行為から複数の罪が成立する場合は「観念的競合」として最も重い刑の範囲内で処断されます(刑法第54条)。

Q2. 正当防衛や緊急避難でセーフになる可能性はありますか?

理論上は検討可能ですが、実際にセーフになる可能性は低いと考えられます。正当防衛(刑法第36条)が成立するには「急迫不正の侵害」に対する「やむを得ずした行為」である必要があり、さらに防衛行為が侵害に対して相当な程度に留まることが求められます。地鳴らしの規模は防衛の程度をはるかに超えており、「過剰防衛」と評価される可能性が高いでしょう。緊急避難(刑法第37条)も、補充性(他に手段がなかったこと)と均衡性(生じた害が避けようとした害を超えないこと)が要件となりますが、発生した被害規模がいずれの要件も満たさない可能性が高く、成立は困難です。

Q3. 日本の刑法ではエレンを裁けないケースもありますか?

あります。そしてそれ自体が重要な学びです。騒乱罪・内乱罪は「人間の集団による暴動」を前提とするため、エレンが操る壁の巨人には当てはめにくい。建造物等損壊罪は刑法第3条の列挙外のため海外での行為には適用できない。フィクションを刑法に当てはめようとすると「法律が想定していない事態」が浮かび上がります。これは現行法の限界であり、同時に「法律はなぜこう設計されているのか」を考えるきっかけになります。

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