
給料からの天引きや罰金制度をめぐって、実際に裁判で争われたケースがあります。
ここでは、最高裁判所の判例を中心に、給料の天引きや罰金制度をめぐって実際に争われた4つの事例を紹介します。会社側の主張が認められた判例・認められなかった判例の両方から、自分のケースに近い争い方の方向性が見えてきます。
判例1:茨城石炭商事事件(最高裁・昭和51年)
事件の概要
石油輸送会社の従業員がタンクローリーで交通事故を起こし、会社が従業員に対して損害額の全額賠償を求めた事例です。
裁判所の判断
最高裁は、使用者が労働者に対して損害賠償を請求できる範囲について、「事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度」等を総合的に考慮すべきと判断しました。
その結果、会社の請求は損害額の4分の1に制限されました。「ミスをした従業員が全額弁償すべき」という会社側の主張は認められなかったのです。
このケースから読み取れること
労働者の過失で損害が発生しても、会社の管理体制や労働条件が考慮され、全額の賠償請求は制限される傾向にあります。まして、実損害に基づかない「罰金」の天引きは、この判例の枠組みからも正当化されにくいといえます。
判例2:日新製鋼事件(最高裁・平成2年)
事件の概要
会社が、労働者本人の依頼に基づき、退職金と住宅資金の貸付金(返済費用の前払請求権)を相殺した事例です。賃金全額払い原則との関係で、この合意による相殺が有効かどうかが争われました。
裁判所の判断
最高裁は、合意による相殺が有効となるためには「労働者の自由な意思に基づいていると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要であると判断しました。形式的に同意書を取得しただけでは不十分であり、労働者が内容を十分理解した上で自発的に同意したことが求められます。
このケースから読み取れること
この判例では、労働者本人が希望して依頼した貸付けであり、条件も労働者に有利だったことなどから、相殺への同意は「自由な意思」に基づくと認められ、相殺は有効と判断されました。逆にいえば、上司から圧力をかけられた場合、十分な説明がなかった場合、他に選択肢がない状態でサインさせられた場合などは、「自由な意思」とは認められにくくなります。「同意書にサインしたから天引きは合法」と単純にはならない点に注意が必要です。
判例3:福島県教組事件(最高裁・昭和44年)
事件の概要
使用者が過払い賃金を翌月以降の賃金から差し引く「調整的相殺」が、賃金全額払い原則に反するかどうかが争われた事例です。
裁判所の判断
最高裁は、過払いの時期と清算の時期が近接しており、あらかじめ予告されており、かつ控除額が多額でない場合には、賃金全額払い原則に反しないと判断しました。
このケースから読み取れること
この判例で認められたのは「計算間違いによる過払いの清算」であり、「罰金の天引き」とは本質的に異なります。会社が「うちも調整的相殺として認められる」と主張したとしても、罰金や賠償予定としての天引きにこの判例を適用することは困難です。
会社側が「判例で認められている」と主張してきた場合でも、それが自分のケースに当てはまるかは別問題です。判例の射程範囲を正しく理解することが重要です。
判例4:シンガー・ソーイング・メシーン事件(最高裁・昭和48年)
事件の概要
退職に際して、従業員が退職金請求権を放棄する意思表示をした事例です。賃金全額払い原則のもとで、労働者による賃金債権の放棄が有効かどうかが争われました。
裁判所の判断
最高裁は、賃金債権の放棄が有効となるためには「自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要であると判断しました。
このケースから読み取れること
この判例は、退職に際しての意思表示について自由な意思が認められた事案です。退職時は使用者の指揮命令関係がまもなく終了するため、比較的自由な意思が認められやすいとされています。これに対し、在職中の同意は雇用継続への不安から自由な意思が認められにくい傾向があるとされており、退職時とは分けて考える必要があります。在職中に「罰金を受け入れる」という書面にサインさせられた場合、この判例がそのまま当てはまるとは限りません。
「会社が言ってるから正しい」とは限らないし、逆に「判例があるから絶対大丈夫」とも限らない。まず「うちのケースならどう判断されるか」という前提で、給与明細だけ手元に残しておこう。
判例を踏まえて次にやるべきこと
判例を見ると、労働者側の「自由な意思」に基づく同意があったかどうかや、控除の時期・金額の相当性によって、会社側の主張が認められる場合と認められない場合の両方があることがわかります。ただし、いずれのケースも個別の事情によって判断が分かれているため、自分のケースについては専門家に相談することをおすすめします。
まず違法かどうかの判定を確認したい方は、ケース別の判定で自分の状況を確認するのが確実です。
すでに行動を起こす段階にある方は、証拠の集め方から返還請求までの手順を確認してください。

